第9章 四国遍路 その3 厳しい道

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寺から寺へが十キロなら、それほどの距離ではない。

 車を使えば20分ほどの距離だ。
 歩いたところで大したことはなかろう。
 バスも走っていない。

四十四番から四十五番への行程もそう思った。

 四十四番大宝寺を裏手にまわり、旧へんろ道を見つける。
 "四十五番岩屋寺へ"との道しるべが立っている。
 それにしたがい、小道を入ると、ただちに急な山道に変わる。
 行き来する人もいない。それに荒れている。

だがありがたいことに、ほどよい距離に札がぶら下がっている。

 "へんろ道"だとか"同行二人"などと書かれている。
 それをたよりに進んでいく。


一時間ほど登って若干くだると一般道路に出る。

 車が頻繁に走っている。
 興ざめだが、ここを行くしかない。
 峠をくだると集落に出る。やっと人が住んでいる気配がする。
 さらに自動車道を進む。

このままでは歩き遍路の情緒もあったものではない。

 と思っていると、右手奥に札みたいなものがささっている。
 "へんろ道"と書かれている。
 周辺をさがすと、道といえば道のようなものがある。
 勘を頼りにその小道を進むと、農道に出る。

再び、旧へんろ道に戻ったようだ。

 まわりは収穫を終えた田畑がひろがる。
 秋の風情を味わいながら、進む。
 しかし、のんびりした気分はここまで。
 右手に急な登り坂が待ち構えている。
 再び、山に入っていくのだ。
 ただし、左手の平らな道を進めば、一般道にでるようだ。

ここは思案のしどころ。

 現時刻は3時ちょっと前。2時間半ほど歩いてきたことになる。
 休みなしで行っても、岩屋寺到着まで2時間はかかろう。
 すれちがう人もなかろう。いっしょに行く人もいない。
 秋は日が短い。"やゝ危険かなあ"との気持ちがよぎる。

遍路は修行という意味を持つことを思い出す。

 この際、登ることに意義があるのかもしれない。
 それにお大師さまもついてきてくれる。
 そう考えなおし、旧へんろ道を進むことを選択する。

それは厳しい道だった。

 山をまくようにつづく急な坂を登りきる。
 気休めの下り坂。いくらかほっとするが、
 それを取り返せとばかりに再び急坂。今度はもっときつい。
 こんな繰り返しが延々とつづく。

生前、母が旅行で使っていた折りたたみ式の杖を持ってきた。

 これが助かった。これを加えて三本足で登る。
 お大師さまにおふくろ、そして私と三人で進んでいるようだった。

   山深くしるべがたよりのへんろ道
   母のつかいし杖も加わる

厳しい息づかいとともに頭のなかから思考が飛び去る。

 懺悔の気持ちが純粋に研ぎ澄まされる。
 すべての事どもが浄化されていく。
 あゝほんとうに来てよかった。
 そう思う時間が持てる。

なんとか陽がおちぬまえに岩屋寺の裏山に着くことができた。

 名のとおり、岩でおおわれ、山道は石ころだらけだ。
 急勾配を下り、本堂と大師堂に着く。
 般若心経をとなえ、この日を終える。

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