熟年挽歌 20. 行ったじゃない

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         述懐濛々の題で

   ふりむけば
   夢とうつつが混じり溶け
   流れる先ももやのなかかも

 妻が絵を習っている。
今年も発表の場が与えられた。
前回は大腸ポリープ騒ぎで私は見に行けなかった。
今度はのぞいてみようと思って、妻に場所を聞いた。

 妻:去年と同じところよ
   別の機会だったけれど、私が案内したはずよ
   南砂町に行ったときにここよと教えたわ
 俺:記憶にないなあ
 妻:南砂町のsunamoに行ったときよ
   ああいうモールとかなにか新しいものができると
   見に行きたがるじゃない
   そのときよ


 たしかに目新しさ好きである。
エキナカと騒がれれば、大宮、品川、立川まで足をのばす。
アウトレットモールもいろいろのぞいた。
再開発が成ったと知れば、六本木ヒルズ、東京ミッドタウン、
丸の内と、まわった。

 俺:しかしだよ、なにか別に用事があり
   そのついでに寄ることはあっても、
   それが目的で行くことはないのだがなあ
   あっち方面には用事がないから、
   南砂町には行っていないと思うよ
 妻:行ったわよ
   他の人とモールなんていうところに行くはずないもの
   行く途中でこの医療センターのロビーに絵が飾られたと
   教えたじゃない
   今年も同じところに展示されているのよ

そういわれても思い出せない。
高齢者医療センター? 覚えていない。

 俺:行っていないと思うんだがなあ
   そもそもふたりで出かけたのは数えるほどじゃない
 妻:ほかの女性と行ったところは覚えていて、
   私との記憶は消えてしまうのだから

吉野の西行庵の場合もそうだと言う。
案内したという妻に対し、私はまったく記憶にない。
二十数年まえのことだが、行った/行かないの論争が続いている。
当時は関心がなかった西行なので記憶に残らなかったのだろう。
そうだとしても、今度の場合はここ一年にあった事、
覚えているはずだ。

 俺:行っていないと思うのだがなあ
 妻:いいえ、いっしょに行きました

記憶にないだけで実は行ったのかと徐々に思い始めた。
過去の脈絡もない記憶の断片を拾い繕って、
南砂町に行ったというシナリオをつくろうともした。
だが、

 俺:どう考えても、行った覚えはないよ
 妻:今年は見に行くんでしょう
   行ったら、私が正しいのが判るわよ

 その夜、夢を見た。
石油コンロが爆発する場に居合わせた。
弱みにつけこまれ、問い詰められ、誘導され、最後は
一級殺人罪を負わせられ、監獄に放りこまれる、
その直前で目がさめた。

 「おれ! やっていない!」

 年とともに、記憶が蓄積されず、過去を忘れる。
昨日の晩食は思い出せても、一昨日はだめだ。
妻もだいたい同じ部類だと思うのだが。

まあ、今回の行った行かない論争は近いうち決着がつくだろう。
一時弱気にはなったが、いまは私が正しいと信じている。
でももし仮にこの勝負、負けたら、ショックだ。
衰えがボディーブローとなってきいてくる。

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